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「ロンドンブーツ1号2号」の田村淳氏を招き、ACP(アドバンス・ケア・プランニング)を啓発する動画を配信した広島市南区医師会理事・野島秀樹氏は、院長を務める野島内科医院の通院患者にも積極的にACPを勧め、患者の満足感などに関する調査研究も実施した。「かかりつけ医」におけるACPの実践から見えてきたもの、コロナ禍の時代におけるACPの意義と展望について聞いた。(2022年2月25日オンラインインタビュー、計2回掲載の2回目)

野島内科医院
――ACPに関する調査研究とは、具体的にどのようなものですか。
ACP(アドバンス・ケア・プランニング、愛称『人生会議』)は当初、がんの緩和ケアなど終末期医療の現場で行われていたものです。それより前の段階、つまり比較的健康なうちから、人生の終末期について考えることの重要性が指摘されるようになりました。しかしながら、元気なうちから「実践しましょう」と勧めてもなかなか取り組みづらい、あるいは「縁起でもない」と拒否される懸念もありました。そこで、糖尿病を中心に慢性疾患を抱える人の「かかりつけ医」である当院において、医師が実際に患者さんにACPを勧めた上で、どの程度有用だったのかを調べることとしました。
当院に2016年10月から2019年7月にかけて受診した、75歳以上または要介護認定の通院患者さん102人を対象として、外来受診時に、書き込み式のACP実践ツール『私の心づもり』をお渡ししました。「これからも治療を続けていくけど、急変のリスクはだんだん高まるし、自分でいろんなことを判断するのも難しくなるから、もしもの時に備えておきましょう」といった切り口で語り掛けます。その上で、「家に帰ってから、分かる範囲内で良いので家族と一緒に記入してみてください。後で書き直すこともできます。気分が落ち込むなど、書くのが難しい場合は書かなくても良いです」と説明しました。認知症などにより本人が記入するのが難しい場合には、ご家族やケアマネジャーの方に作成の補助をお願いしました。
――患者はどのぐらい、ACPの呼びかけに応じたのでしょうか。
102人の対象患者さんのうち92人(90.2%)の方が作成し、認知症患者の方も21人中20人の方が、ご家族、ケアマネジャーの代筆などで作成しました。
『私の心づもり』では、自身が大切にしたい価値観、健康と受ける治療に関する希望、代理意思決定者に関する希望を記入し、家族などと共に話し合う形態を取っています。「あなたが大切にしたいこと」を複数回答可で聞いたところ、「人の迷惑にならないこと」が84人(91.3%)と一番多く、受ける治療に関する希望としては、「自然な形で最期を迎えられるような必要最低限の治療」が75人(81.5%)で最多でした。将来、認知症や脳の障害などにより自分で判断できなくなった時の希望に関しては、「病院や施設でも良いので、食事やトイレなど最低限自分でできる生活が送りたい」48人(52.2%)と、「なるべく迷惑を掛けずに自宅で生活したい」46人(50.0%)が、同数程度に多い結果となりました。代理意思決定者については83人(90.2%)の方が決めており、内訳は息子や娘、その家族48人、配偶者31人などとなっています。

「内科診療所で行う病状が安定している時期の高齢患者のアドバンス・ケア・プランニング」(野島秀樹・湯川博美・野島達也、『広島医学73巻9号』に掲載)より、調査の対象者と、『私の心づもり』作成の有無
まず、作成率が非常に高かったことから、主治医が勧める『私の心づもり』がACPを行うきっかけとして有用であったことが分かりました。作成した人の多くが代理意思決定者を決めており、作成を通じてご家族と話し合われた人も多かったことから、病状が安定している時期のACPに求められる「自分が大切にしたい価値観は何か」「その価値観を周囲の人は把握しているのか」「いざというときに誰を頼るのか」といった点を考える上で有益であったと考えられます。
――『私の心づもり』の記入内容の分析と同時に、ACPの実践に関するアンケートも実施されています。
アンケートは87人の方から回答を得ることができ、『私の心づもり』を書く上で家族と話し合った人は72人(82.8%)いました。『私の心づもり』を作成してみて良かったと感じた患者さんは68人(78.2%)おり、その理由は「考えるきっかけになった」18人、「家族で話し合えた」15人、「紙に残る」8人、「主治医に想いを伝えられた」5人、「本人の意思を再確認できた」「覚悟ができた」各3人などとなっています。患者さんご自身にとっても、ACPの有用性を実感してもらうことができました。
「内科診療所で行う病状が安定している時期の高齢患者のアドバンス・ケア・プランニング」(野島秀樹・湯川博美・野島達也、『広島医学73巻9号』に掲載)より、『私の心づもり』への記入内容、作成時の話し合いの有無、作成に対する満足度
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他方、作成が難しいと感じた人も32人(36.8%)おり、特に自身の思いに関する「自由記入欄」の記入が難しかったようです。そこで診察状況に余裕がある時には、外来の時間の範疇で「気がかりなこと」「生きがい」「趣味」「行ってみたい場所」「心残りなこと」などを聞いてみたり、あるいは心にゆとりのある方に対しては「いざというとき余命を知りたいですか」「治る見込みが低い病状があっても知りたいですか」といった内容を聞いてみることもあります。思いの残し方は人それぞれですが、主治医の語りかけが考えるきっかけの一つになればと考えています。
――現在は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大により、なかなか診察内で時間を取りにくいとは思いますが、こういう時代だからこそ、患者自身がACPに取り組む意義は高まっているのでしょうか。
COVID-19は急に罹患して生活環境が一変するものであり、かつ、誰がかかってもおかしくないものです。そうした中ではやはり、自分の思いを残しておく、大切な人と共有しておく必要性は一層高まっていると言えます。
ただ、お盆や正月の帰省も難しくなっており、また、何らかの病気で入院した人は家族と面会するのもほぼ不可能な状況で、ACPの根幹である人生「会議」をすること自体が難しくなってきてしまいました。だからこそ、少しでも元気なうちから身近な人とACPを始めておくことがより重要になっていますし、それを働きかける「かかりつけ医」の役割も増していると実感しています。
――コロナ禍で直接会えない状況下では、Zoomなどのオンライン会議を活用したり、あるいは動画撮影によって自分の思いを残すという人もいそうです。
実際、ご自宅に訪問診療で訪ねると、「家族で一緒に動画を撮ってオンライン上に残しているんです」と話す終末期の方がいて、驚いたことがあります。確かに書くのが難しい場合に、動画という手段で伝える方法もあります。田村淳さんが取り組んでいる遺書動画アプリ『ITAKOTO(イタコト)』もその一つです。
思いの伝え方、残し方にはいろんな方法があって、紙にとらわれることなくやってみるのも良いと思います。ただ、それぞれの方法には異なる特徴があります。『ITAKOTO』のように動画を撮って送る場合、「誰が観るのか」をあらかじめ想定して撮っているケースが多いです。家族や親しい人にメッセージを伝えるのには適していますが、他方、第三者である医療従事者や介護従事者に自分の希望を伝えるのはなかなか難しいです。また、「いつ伝えるのか」も重要です。ACPの概念ではご自身が生きている間に自分の思いを伝えることが重要であり、動画も元気なうちに大切な人に送って共有することが望まれます。直接話して伝える、紙に残す、写真や動画で残す。それぞれの手段を目的によって使い分けることも大切でしょう。
――高齢化が一層進展し、「自分らしい最期」を迎えたいというニーズも膨らみつつある中で、今後ACPはどのような発展をしていくことが望まれるでしょうか。
今後のACPの発展についてポイントを3点ほど挙げるとすると、まず今述べたように、さまざまな伝達方法の活用という点が一つです。終末期や死について考えることは「縁起でもないこと」という観念から脱却するには、自分にとってとっつきやすい部分から始めてみるということが非常に大切だと思います。特に若い世代向けには、『ITAKOTO』のようなスマートフォンアプリなどさまざまなツールが登場していますから、お試し会とか体験版といった気楽に使える機会がもっと増えていけばと思います。
2点目に、医療従事者・介護従事者との関わりという観点で考えると、患者さんご本人の希望と医療・介護のプロの意見が分かれることが多々ある点に留意する必要があります。そこで注目されるのが、共有意思決定支援(SDM:Shared Decision Making)という方法論です。治療法の選択といった難しい事柄になると、「最後は先生が決めてください」と一任されることも多いのですが、それだけではうまくいかないケースも増えています。ご本人の意思が治療法や介護方針にもうまく反映され、QOL向上にもつながるといったプロセスとして多職種で本人の意思決定を支援する共有意思決定支援が求められています。
3点目に、ACPにおける関係者それぞれの役割を、より明確にするということです。高齢者の方に関わるそれぞれの職種には、それぞれ得意とする分野があります。医学的な部分は医師が、生活にかかわる部分はケアマネジャーや介護従事者が、それぞれ専門的な知識を有していたり、他の職種では気づきにくいご本人のこだわりに目を向けられたりします。医師が患者の価値観全てを把握するなんてことは、現実的ではありません。誰かが背負い込もうとせず、それぞれが関わりやすいところを明確にすれば、各職種からのアプローチが容易になり、本当の意味での多職種連携、地域包括ケアにもつながっていくのではないでしょうか。
――最後に、医療従事者にとって、ACPを普及させることのメリットはどのような点にあると考えますか。
高齢者医療に従事されている方は、さまざまな医学的アプローチで健康寿命を延ばそうと尽力されていると思いますが、同時にACPも勧めてみることで、ご本人の納得感が増し、医療への満足感も高まってくることが期待できます。
また実際問題として、ACPで作成した資料が医療方針を考える上で役立つケースもあります。軽度認知障害(MCI)を抱える人などは特に、認知症が進行する前に将来の医療方針を考える上で、そうした資料はとても有用です。
当院に通院する患者さんが救急搬送された場合、紹介状に加えて以前作成した『私の心づもり』を添付することがあります。ある患者さんは、搬送時に認知症も進行していましたが、1年ほど前に作成した『私の心づもり』では「痛い治療はイヤだ」という意思をはっきり示されていました。もちろんそれだけを根拠に医療方針を決めることはありませんが、「ケアマネジャーさんなどにも内容の確認を取りつつ、本人の意思を探ることができた」というお話を、搬送先の先生から聞いています。
このように健康なうちから本人の意思を確認しておくことは、将来の医療にとっても大きなプラスとして働くのです。
◆野島 秀樹(のじま・ひでき)氏
1998年札幌医科大学医学部医学科卒業。2007年広島大学大学院医歯薬学総合研究科展開医科学専攻学位取得。広島鉄道病院、国立病院呉医療センター、広島大学病院、広島銀行健保診療所、広島市医師会運営安芸市民病院、広島赤十字・原爆病院を経て、2011年野島内科医院院長。日本内科学会総合内科専門医、日本糖尿病学会専門医・研修指導医、日本内分泌学会内分泌代謝科(内科)専門医・指導医。広島市南区医師会理事、広島市南区地域保健対策協議会理事。2021年第74回広島医学会総会において、『内科診療所で行う病状が安定している時期の高齢患者のアドバンス・ケア・プランニング』(広島医学73巻9号掲載)で2021年度槇殿賞受賞。
【取材・文=南雲裕介(株式会社すけさん)】
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