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がん治療の「標準治療」はなぜ軽視されるのか…専門家は「検定済みの教科書のようなもの」と指摘

写真・AC

 

 腫瘍内科の専門家・押川勝太郎医師が、「標準治療」とは何かを解説します。

 

 

「標準治療」という言葉は、病院の治療担当医が好んで使うのですが、正確な意味が伝わりにくい代表的な言葉の一つでもあります。そして、がん治療を受ける患者さん側では、ネガティブな印象とともに使われることがかなり多くあります。

 

 たとえば、次のようなケースです。

 

 

●治療法に「上・中・下」があるとすれば、「中」あるいは「並」の治療法のことだろうと思ってしまう。

 

●固形がんのステージIVでは、抗がん剤治療では治らないことが多い。いったん腫瘍が縮小する確率が高くとも、結局、再増悪する時期が来ることが避けられず、延命にしかならない治療を「標準治療」というのは納得しがたい。もっと一発逆転の治療がどこかにあるはずだと思い込んでしまう。

 

乳がん、胃がん、大腸がんなどの術後再発予防のための抗がん剤治療はきついし、後遺症も残る場合があるため、がん自体ではなく、がん治療で苦しむことを嫌がる患者さんにとっては、一律に「標準治療」として担当医が押しつけてくることに抵抗感がある。

 

●最近は、各がん種の「治療ガイドライン」を持ち出して治療説明する医師が多いが、そこをスタートとして、個々の患者さんの状況に合わせる必要がある。しかし、千差万別であるはずの患者さんに、ガイドラインで示された標準治療を、杓子定規に当てはめようとする弊害がときどき出てきている。これは「cookbook medicine(料理本医療)」と批判され、EBM(科学的根拠に基づく医療)を誤解した医療側に原因がある。

 

 以上のような事情で、「標準治療」の印象を悪くしているのは事実です。ここでは、こういった誤解を解消する説明を試みてみましょう。

 

「がん」という言葉は、病気の中では特別なイメージがあります。それは「死」「不治」「再発」など、画一的な言葉で表現されることが多いイメージです。

 

 ところが、遠隔転移のあるステージIV、つまり手術で完治不能な状態の固形がんにおいては、同じ臓器のがんでも同じものは一つもないといえます。転移する場所、がんの進行速度、抗がん剤の効き具合、副作用の出具合、副作用予防薬の効き具合など、全ての領域で個人差があるからです。

 

 とはいえ、「がんの性質は人それぞれで、治療は各人が気に入ったものを試すしかない」と言われたら、はたして納得できるでしょうか? 普通は、とてもじゃないが納得できるわけがありません。一般人には理解困難なので、先人の知恵を知る専門家に判断してもらうしかないと考える人がほとんどだと思います。

 

 そういうことで治療ガイドラインに記載している標準治療(一つとは限らない)を参考に、主治医が患者さんの病状、環境、価値観をくみ取り、いっしょに治療法を選択することになるのです。

 

 ところが、皮肉なことにこの「標準治療」自体が、絶対治したいという前提からすると、大変残念な成績しか残せていないことが、患者さんに不信感を抱かせ、一発逆転の治療を探し求める動機となっています。

 

 こうした患者さんにとって、身近な知り合いが、がんで余命半年と言われたものの、○○治療で奇跡的に生き延びたという口コミやインターネット上の情報が、どうしても気になってしまうのは、ある意味自然なことかもしれません。

 

 しかし、他のがん患者さんで上手くいった治療が、自分の場合、当てになるとは限らないことは、「がんの性質は人それぞれ」ですから当然なのです。民間療法で奇跡的に治ったという例がないとはいいませんが(非常に稀にあるがんの自然退縮を含む)、私は患者さんには「人生の賭けを宝くじに託すようなものだ」と説明しています。

 

 若くしてがんになった……、小さな子どもがいるから……、孫の結婚を見届けるまでは……といった個人的な延命への切望の理由は尽きません。気持ちはよくわかります。

 

 私も現状の「標準治療」には大いに不満があります。それでも、ないがしろにできないと思う理由は、それを無視することで、がんを治すどころか、もっと悲惨な結末に至る例がごまんとあるからです。

 

 では、医療側は「ガイドライン・標準治療」をどう見ているのでしょうか。それは検定された「教科書」みたいなものと表現できます。「ガイドライン・標準治療」を無視したがん治療というのは、正式な教科書なしで子どもに学校教育をしているようなものです。

 

 たとえばの話ですが、学校の教師が教科書を使わずに、個人の宗教、歴史観、信念で、独自の教育を自分たちの子どもに行なっているらしいと聞いたら、冷静でいられる親がどれほどいるでしょうか。

 

 もちろん真面目で熱心な教師もいるでしょうし、状況に応じた柔軟な教育をされていると信じたいものです。しかし、それはきちんと検証された教科書という柱があった上のことであればこそ、親は安心して任せられるはずです。

 

 一部の患者さんが、「標準治療」を無視、あるいは敵視するような独自のがん治療に走るのは、医療側からすると非常に危なっかしく感じられます。がん患者さんの状況や経過は千差万別なので、一本筋の通った「教科書・標準治療」との距離感を測りながら微調整していかないと上手くいかないからなのです。

 

 

 以上、押川勝太郎氏、おちゃずけ氏の近刊『まんが 押川先生、「抗がん剤は危ない」って本当ですか?』(光文社新書)を元に構成しました。人気YouTube「がん防災チャンネル」の医師が疑問に答えます!

 

●『まんが 押川先生、「抗がん剤は危ない」って本当ですか?』詳細はこちら

( SmartFLASH
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