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安楽死の法制化、その前に
日本にも安楽死は必要なのか。
そんな問いを投げかける映画作品が公開されている。「PLAN75」(早川千絵監督)だ。
今年のカンヌ映画祭カメラドール(新人監督賞)の特別表彰を受賞したこの作品は、75歳以上の高齢者が自ら生死を選択できる制度が施行された近未来の日本が舞台だ。
少子高齢化が一層進んだ近い将来の日本。満75歳から生死の選択権を与える制度「プラン75」が国会で可決・施行され、当初は様々な議論を呼んだものの、超高齢社会の問題解決策として世間に受け入れられていく……
自分の生死を選択できる国はすでに存在する。
最初に安楽死を認めたのはオランダだ。現在、オランダでは毎年6000人以上が安楽死を選択する。これは日本の人口に換算すると年間6万人に相当する。がん患者が過半数を占めるが、要介護や認知症を理由とするものも増加している。
4年前、そんなオランダの安楽死の現状を知るべく緩和ケア医のインゲン医師を訪ねた。
オランダでは安楽死が合法と思われているが、実は違う。オランダでも安楽死は医療手段として認められていないし、合法でもない。安楽死は殺人または殺人幇助という刑法に規定された犯罪だ。
ただし、下記の6つ(4+2)の要件を満たせば追訴されない。
満たすべき6要件
①患者の自由意思に基づくリクエストであること
②患者に耐え難く、解決し難い苦痛があること
③患者が状況を正しく理解できていること
④治療法がないこと
この4 要件は、家庭医(主治医)と患者の関係性が基軸にある。
オランダでは国民は家庭医を持つことが義務付けられる。家庭医は患者・家族と強い信頼関係があり、病歴だけでなく、生活状況もよく理解しているので、ここで繰り返し、しっかりと話し合うのだという。
そして、家庭医と患者が安楽死という選択で合意しても、すべてが遂行できるわけではない。
⑤SCENドクターによるコンサルテーション
SCEN(Support/Consult/Euthanasia Netherlands)ドクターは安楽死に関する特別なトレーニングを受けた医師。家庭医と面談、患者の既往や生活歴を把握した上で患者とも面談も行い、上記4要件を確認。
安楽死を選択すべきか否かも含め家庭医にアドバイスする。
⑥安楽死の実行
上記5要件を満たすと安楽死が実行される。
安楽死には「確実に死に至る」ことが求められる。
方法としては本人による内服、医師による注射の2つの方法がある(具体的な薬剤名や用量まで教えてもらったが、一応ここでは非公開)。
インゲン医師は、安楽死は本人の意思で行うものなので、本人の内服によるものが望ましいと考えているとのことだった。なお、遂行された安楽死については、評価が行われ、不適切な事例は、当然訴追の対象となる。
患者を死なせるという判断は医師にとっては極めて重く、当然躊躇する家庭医も多い。特にカトリックの医師は安楽死に合意しない。家庭医が安楽死のプロセスに協力してくれない場合、「エンドオブライフクリニック」というネットワークに所属する医師たちが支援する仕組みができている。
これは安楽死の専門センターという位置づけ。インゲン医師もネットワーク創設メンバーの一人。殺人集団などと揶揄されたこともあるが、決して安楽死を推奨しているわけではない。家庭医が背負う決断の責任の重さを分担し、家庭医が安楽死のプロセスを、経験を通じ学んでもらうことを目的としている。
非合法であるにも関わらずオランダで安楽死という選択が広がっているのには2 つの理由があると感じた。
1つは、患者の明確な意思表示。
自己決定を重んじる文化に加え、意思決定を支える家庭医の存在が大きい。患者・家族と信頼関係にある家庭医が、本人の人生観や生活歴を理解し、経過の見通しを共有した上で丁寧に対話を重ねていけば、納得の上で選択ができるのだろう。
残念ながら日本では、家族による本人への告知拒否など、患者自身が意思決定権者になれないことが多い。また、このようなテーマに時間をかけて何度でも向き合ってくれる医師も少ない。安楽死はしたものの、それがベストの選択だと確信がもてなければ、本人も家族も結局は救われないのではないか。
もう1つは、安楽死以外の緩和ケアの選択肢が充実していること。
自らもホスピスで緩和ケア医として働くインゲン医師は、オランダにおける緩和ケアは4つのコンセプトからなるという。
①緩和ケアは医療ではない。CureではなくQOLにフォーカスする
②死は正常なものであり、急ぐべきものでも、遅らせるべきものでもない
③スピリチュアルペインを含め苦痛の緩和( 身体的・精神的・社会的・霊的)は確実に行う
④家族の悲嘆に対しても注意を払う
緩和ケアは「死ぬのを待っている」患者に、対話を通じて「意味のある人生を作ろう」と価値観の転換を働きかける。そのためには多職種のチームケア体制、確実な症状コントロール、積極的な取り組み(Proactive approach)、創造的な思考が求められるという。
インゲン医師は、フランスの外科医、Ambroise Pareの言葉“To Cure Sometimes, Relieve Often and Care Always”を引用しながら、緩和ケア医としての彼女のコンセプトを説明してくれた。
オランダの緩和ケアはガイドラインに従って提供される。
通常の緩和医療的措置はもちろん、沈静(PalliativeSedation)、高齢者に対する蘇生措置について、ICDやペースメーカーの停止、終末期の患者や高齢者の自らの意思による食事や水分の摂取停止(STED)に第34回 オランダにおける安楽死の現状ついてもガイドラインが整備されている。
日本では、適切な緩和ケアが提供されていない患者が少なくない。ガイドラインが未整備、または遵守されず、生命予後を短縮する可能性のある医療措置については、いまだに十分な議論すらできていない。本人も医療者も介護者も悩みながら、誰も望まぬケアが行われていることもある。
ちなみにインゲン医師は、安楽死という選択肢の存在は必要だとしながらも、患者の「死にたい」という言葉が、本当の気持ちなのか、しっかりと見極めなければならない。そうはっきりおっしゃった。
皆に迷惑をかけたくない、あるいは孤独で生きている意味がわからない、これらは「そう思わせている社会を治療すべき」であって、本人が死ぬことで解決する問題ではない。優先すべきは安楽死ではなくケアの充実、社会的処方も含め、生きていることの価値を実感できる支援がより重要だと締めくくられた。
75歳を過ぎたら死を選択できる。そんな国は幸せなのだろうか。
安楽死が許されるというのは、つまり社会的支援を含む充実した緩和ケアが提供できているということの証でもある。日本でも安楽死を制度化すべきという声があるが、それ以前に取り組まなければならないことがたくさんありそうだ。
佐々木淳氏
医療法人社団悠翔会(東京都港区) 理事長、診療部長
1998年、筑波大学医学専門学群卒業。
三井記念病院に内科医として勤務。退職後の2006年8月、MRCビルクリニックを開設した。2008年に「悠翔会」に名称を変更し、現在に至る。
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