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高校生が授業で精神疾患を学ぶ意義は?保健体育の教科書に40年ぶりに復活
2022年度から、高校生が保健体育の授業で精神疾患について学んでいるのをご存じでしょうか。学習指導要領の改定に伴い、教科書で約40年ぶりに復活したのです。
高校での学びに、医師や支援者など多くの関係者が期待を寄せていますが、ペンコム(兵庫県明石市 代表 増田幸美)刊『仕事だいじょうぶの本』著者で、約30年にわたり主に精神障害や発達障害がある方々の就労支援及び生活支援に携わってきた北岡祐子さんもその一人。
そこで今回、高校生が精神疾患について学ぶことの意味や必要性について、北岡祐子さんに解説してもらいました。
なお、本インタビューの最後に、北岡さんの著書『仕事だいじょうぶの本』から、「主治医に思いを伝える(就職に向けて体調を整える)」(P80-82)を公開しています。そのまま使えますのでぜひ参考にしていただけたらと思います。
1.精神疾患は誰もがかかる可能性のあるごく普通の病気
ーー2022年度から高校の教科書で、精神疾患の学習が復活したことについてどう思われますか。
北岡)とてもいいことだと思います。精神疾患について正しい知識を得ることは、高校生たちにとって、これからの人生を歩むうえで大変重要な意昧を持ちます。誰もがかかる可能性のあるごく普通の病気ですから。
――「誰もがかかる可能性のあるごく普通の病気」とのことですが、そんなに患者数が多いのですか?
北岡)平成29年厚生労働省患者調査によると、日本における精神疾患患者数は約420万人で、割合にすると、国民の30人に1人ということになります(1)。しかも、生涯を通じて5人に1人がかかる可能性があるといわれているんです(2)。
厚生労働省が2013年に指定した日本の5大疾病は「がん」「脳卒中」「急性心筋梗塞」「糖尿病」「精神疾患」。この中で、精神疾患の患者数が約420万人と一番多いんです。糖尿病患者数約329万人、がん患者数約178万人、心疾患患者数約173万人、脳血管疾患患者数約111万人と続きます(1)。
――そんなに多いんですか!でも、よく分からない病気なので不安です。
北岡)ですから学んで知ることが大事。そもそも人はさまざまな病気にかかります。でも、病気への知識があれば予防できますし、健康維持の方法を知って実践することもできます。また、病気になっても適切に対処できれは回復も早く、学習や仕事など生活への影響も少なく、自分らしく生きていくことができます。
しかし、正しい知識の不足や間違った思い込みによって、症状を理解できていなければ、自分がかかった場合でも、悪化の一途をたどってようやく治療に至る、あるいは未治療の状態で周囲も放置している、などの状況が多く生じています。
どの病気も同じなのですが、一般的に精神疾患への理解が低いために「手遅れ」になってしまうケースが多いんです。
2.10代の発症が多い病気。正しい理解が悪化を防ぐ
――高校生が授業で学ぶということですが、早期の知識教育は必要ですか。
北岡)実は、精神疾患は若い世代に多い病気なんです。私は精神疾患のある方の支援に30年ほど関わっていますが、その方たちにうかがうと、「後から思えば中学生くらいから症状があった」「20代後半で精神科病院を受診したが、実は高校生のときから症状があり、それが理解できず我慢していた」と振り返る方が多いんです。
実際、厚生労働省「第16回今後の精神保健医療福祉のあり方等に関する検討会早期支援について」資料によると、成人期以降に精神疾患にかかった患者のうち、50%が10代前半までに、そして75%が10代後半までに、すでに何らかの精神科的診断に該当していると報告されています(3)。
――10代後半まで75%ですか!
北岡)そう。若い人に多い病気なんです。
ところが、例えば10代で発症することの多い統合失調症に関する中学生・高校生・大学生の認知度への調査では、88%~97%が統合失調症について「聞いたこともない」、もしくは、「名前は聞いたことがあるが、具体的なことは知らない」と回答しているのです(4)。
冒頭でもお話ししましたが、病気ですから、知識があれば予防、早期発見ができます。風邪の予防には、「手洗い」「うがい」「睡眠」などだれでも知っているように。
――そういえば、昨今の日本では、若年層の自死も社会問題になっています。精神疾患と関係があるのでしょうか。
北岡)悲しいことに、2020年、日本における小中高校生の自殺者数は過去最多となりました(5)。
10歳代や20歳代で最大の死因が自殺というのは深刻な状況であり先進7カ国では日本だけでした(6)。
文部科学省の調査によると、自殺要因では精神疾患関連やその疑いがあるものが全体の15%以上になり、適切な医療や支援を受けていたら予防できたのでは、という分析が報告されています(7)。
WHO(世界保健機構)とIEPA(国際早期精神病学会)は、2004年の国際共同宣言で「学校に通う15歳のすべての苦者が、精神疾患に対処し得る知識を身につけるべきである」と述べています(3)。
3.知識があることは身近な人への助けになる
−−高校生だけでなく、周囲のおとなたちの理解も必須ですね
北岡)そうなんです。精神疾患と聞くと、自分を失ってしまう、あるいは突然暴れるようなイメージを持つ人も多いようですが、実際はさまざまなストレス等が引き金になり、少しずつ症状が進んでいきます。特別な人がかかるわけではなく、自分自身や家族も例外ではありません。知識があることは身近な人への助けにもなります。
―― つい「何をなまけているの!」と叱ってしまうこともあるのですが、それも病気が原因の可能性があるということを知っておく必要がありそうですね
北岡)精神疾患の難しいところは、周囲にも本人にも症状がわかりにくいという点にあります。
単にやる気がないのか、あるいはうつ症状なのか、気のせいなのか……
突然成績が下がるなどもサインのひとつなのですが、その背景には学校の人間関係やいじめ、受験の重圧、虐待などが複雑に絡み合っています。
発達障害の素因があることで、学校生活に適応できず強いストレスを受け続け、精神疾患にかかる揚合もあります(8)
自身が症状について知識がなければ、「何もする気力がないなんて自分はダメな人間だ」「こんなことを話したらおかしい人間だと思われるのでは」などと不安に思い、周囲に感じていることを思うように伝えられず、治療につながらない。
しかし、自分や周囲が知識を持っていれば、相談もしやすくなりますし、早く治療につながることができます。
――治療が遅れるとどうなるのですか。
北岡)今現在も、多くの子どもたちが心の不調に苦しみ、SOSを出せずにいることと思います。新型コロナウイルスの影響も子どもたちのストレス状況に拍車をかけています。
精神疾患はいくつかの要因が影響し合い、脳機能の不調により神経伝達物質量のバランスが崩れ、不眠や抑うつ状態、幻聴などの症状を引き起こします。慢性化する場合もありますし、症状の後遺症が障害になります。
そうなる前に繰り返しますが、授業を通じ、決して怖い病気ではなく誰もがかかる可能性のあるごく普通の病気であること、若い世代で発症するケースが多いことを自身も周囲も理解し、日常と異なる「心の不調」を感じたら周囲に相談することを知識としてもっておいてほしいと願っています。
−−周囲に病気のことを相談するのは難しそうですね。北岡さんの著書『仕事だいじょうぶの本』には「支援機関に相談する方法」も紹介されているのですか。
北岡)確かに、「相談しましょう」「周囲にSOSを発信しましょう」と簡単にいいますが、それができたら苦労しないわけです。『仕事だいじょうぶの本』はコミュニケーションが苦手で、自分の気持ちを相手にうまく伝えることができない人のために、SSTの技法を使ってコツを練習しましょうという内容で、私の職場の就労移行支援事業所のメンバーさんたちが実際に困った例とその解決事例を解説付きで掲載しています。
コミュニケーションのコツをつかめば人間関係がうまくいくようになるので、この本は職場にとどまらず、高校、大学などでも活用されています。
とはいえ、「相談」のコミュニケーションは実は難しいんです。特に、自身の病気の相談となると。
そこで本書では、「主治医に思いを伝える(就職に向けて体調を整える)」(P80-82)として紹介しています。「書き込みメモ例」などもありますので、学校の先生や医師に相談するときにお使いください。
――ありがとうございました。
引用・参考文献
l)平成29年厚生労働省患者調査
2)厚生労働省「みんなのメンタルヘルスこころの病気について理解をふかめよう」
3)厚生労働省「第16回今後の精神保健医療福祉のあり方等に関する検討会早期支援について」資料
4)平成20年度厚生労働科学研究こころの健康科学研究事業「思春期精神病理の疫学と早期介入方策に関する研究」
5)文部科学省「令和2年児童生徒の自殺者数に関する基礎資料」
6)厚生労働省「令和3年版自殺対策白書」
7)文部科学省「子供の自殺等の実態分析」
8)厚生労働省「働く人のメンダルヘルス・ポータルサイト こころの耳」
相談シート)学校の先生や医師に相談するときにお使いください
著者・北岡祐子(きたおかゆうこ)
就労移行支援事業 (創)シー・エー・シー所長
精神保健福祉士
精神保健福祉の仕事に携わって約30年。主に精神障がいや発達障がいのある方々の就労及び生活支援に携わってきた。1990年米カリフォルニア州の地域精神保健福祉研修(地域生活・就労支援、ケースマネジメント、州立病院にてSST、コンシューマー・セルフヘルプセンター、ピアカウンセラー養成研修等)での経験が仕事の大きな礎となった。特に、SSTの学びは働く力をつけるための有効なツールであることを実感。現在は就労移行支援事業(創)シー・エー・シー所長。(一社)兵庫県精神保健福祉士協会会長。社会活動として日本更生保護協会の保護司SST研修を担当するなど全国で講演活動も多い。1968年東京生まれ、島根大学教育学部卒、現在神戸市在住。
『本人・家族のためのSST実践ガイド』『現代版 社会人のための精神保健福祉士』などへの執筆がある。
著書『仕事だいじょうぶの本』職場の人と安心してコミュニケーションできるSSTレッスンBOOK
働きたいのに会話が苦手でつまずいてしまう、そんな不安をSST(ソーシャルスキルトレーニング)の技法を使って実例で解決するレッスンBook。約30年にわたり主に精神障害や発達障害がある方々の就労支援及び生活支援に携わってきた著者の北岡祐子さんが実例で紹介。あいさつや相談の方法など、日常生活に役立つ細やかで具体的な実例が紹介されており、会社にとどまらず、高校、大学などでも大いに活用されている。
・著者:北岡祐子
・発売日:2021年5月7日
・価格:1,980円
・判型:B5判(横182mm×縦257mm×幅10mm)
・ページ数:128ページ
・ISBN:978-4-295-40545-0
・発行:株式会社ペンコム
・発売:株式会社インプレス
出版社ペンコム
兵庫県明石市の出版社ペンコムは、インプレスのパートナー出版社。本や広報紙、ウェブなど「ペン」をツールに、まちやひとを応援する会社です。 著者さんと共に、一人でも多くの人に「ああ、この本に出会えて良かった」と感じてもらえるような1冊を送り出していきたいと考えています。
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