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映画を使って「カウンセリング」自己啓発や不安の緩和をもたらした治療の現場

 

 古代ギリシャ人は劇場で生の演劇を鑑賞し、ストーリーに感動を覚えた。哲学者のアリストテレスはこうした感動体験を精神的な浄化「カタルシス」と命名した。

 

 劇の鑑賞が哀れみや恐れの感情を呼び起こしたり、精神にポジティブな効果をもたらしたりすることは当時から理解されていたのだ。

 

 

 現代心理学では「物語療法」(narrative therapy:ナラティブセラピー)という方法があり、ここでも物語鑑賞の効果が示唆されている。10年ほど前から科学的実証性のある理論が現れ始めており、中でも筆者の目を引いたのが「感情移入理論」(narrative transportation theory)である。

 

 この理論では、観客は物語を経験することで感情的・認知的な変化を成し遂げるが、それはストーリーとキャラクターに対する感情移入があるからこそだと提唱されている。

 

 またゲイリー・ソロモンというアメリカの心理学者が開発した、映画をカウンセリング現場に導入する「映画療法」(cinema therapy:シネマセラピー)という方法もある。

 

 クライアント(患者)の悩みにふさわしい映画を「処方」し、患者はその映画を見て、次のカウンセリングの際にセラピスト・医師と一緒に映画のストーリー、登場人物の悩みや葛藤などをディスカッションする。

 

 自己啓発、自己効力感、不安の感情の緩和などが報告されているが、正確なデータを提供できる臨床研究が少なく、効果はまだ完全には立証されていない。

 

 アメリカでは1920年代に映画を治療的に使用したという報告があるが、カウンセリングや心理療法の手法として本格的に映画を使用するのは比較的最近の試みと言える。映画療法(cinema therapy)という言葉が初めて使われたのは1990年のことだ。

 

■『ベスト・キッド』の教え

 

 ここからは、ヘルスカウンセリングを研究するジリアン・リンチの整理に基づいて、映画療法に関するエビデンスを網羅的に述べたい。1987年、精神療法を研究するミミ・クリスティーとメアリー・マクグレースは次のようなケーススタディを発表した。

 

 養子縁組された11歳の少年は本当の親が自殺したという喪失体験に由来する、感情的および行動的な問題を抱えていた。そこで少年の行動を修正するために、ファンタジー映画『ネバーエンディング・ストーリー』の登場人物の体験を利用した心理教育が提供された。

 

 映画の登場人物がとった行動に基づいたこの治療は彼と養子家族に効果を発揮し、6カ月後のフォローアップの電話で、セラピストは少年が治療による改善を維持していることを確信できたという。

 

 作品の選出理由は、研究者が実際にこの映画を鑑賞した際、この少年に活用できそうな比喩があると認識したからである。比喩は物語にしばしば登場するが、フィクションを用いた療法を理解するための鍵と言っても過言ではない。

 

 別のケーススタディを紹介したい。

 

 学校でアルコールを飲んだ11歳の少年とその家族に、映画『ベスト・キッド』を一緒に鑑賞してもらった。3カ月後のフォローアップの電話で判明したことは、家族はその後、この映画を4回も一緒に鑑賞したこと、みんなが映画の登場人物であるミスター・ミヤギの格言を気にいって積極的に引用するようになったことだ。ミスター・ミヤギの人生観は強い影響を与えて日常生活にまで組み込まれ、少年と家族に前向きな変化をもたらしたのである。

 

 他にも例えば、喪失と悲しみ、家族の変化などをテーマにしたディズニー映画『ライオン・キング』が、似たような境遇にいる子供たちへの映画療法として使用された。あるいは、車を窃盗した14歳の少年に対して『ウォルター少年と、夏の休日』という映画を見せたところ、少年は自分の憧れるロールモデルについて考え、話し合うことができるようになったケースもある。

 

■シンボルとしての『ロード・オブ・ザ・リング』

 

 一人息子を持つ59歳女性のケースも興味深い(Powell 2008)。彼女はうつ病と診断されており、映画療法として『ロード・オブ・ザ・リング』が選ばれた。この映画を見たことのある人も多いだろうが、難しい人生の旅、希望と回復といったテーマを持つ。苦行を乗り越えた先に希望があることを比喩する作品であり、セラピストは主人公のフロドをそのシンボルとして説明した。

 

 5週間にわたって毎回映画の一部分を鑑賞し、鑑賞後にはセラピストと患者が話し合いを行った。すると5週間後、患者の希望と楽観主義に対する意識が有意に高くなったことが判明した。

 

 このように様々なエビデンスが存在するが、映画療法の背後にある重要な理論的根拠の一つは、感情の処理を通じて認知の再構築に導けることであり、これが鑑賞者の行動を変えるために役立つ可能性があると指摘される(Yang and Lee 2005)。

 

 このプロセスでは鑑賞者を実生活での失敗のリスクに晒すことなく、様々な代理体験をさせることが可能だ。登場人物が新しい信念、新しい価値を身につける瞬間を目撃して共感や洞察を得る。すなわち、人間の普遍的なテーマと負の感情を安全な距離から経験できるのだ。

 

 では、臨床現場ではどのように映画療法を活用するのか。映画を見るだけでは単なる娯楽体験に終わってしまいかねず、鑑賞後に様々な活動を課すことで治療としての有効性が高まると考えられる。

 

 色々なやり方が試されてきたが、鑑賞したコンテンツが心理的に処理されるまでのプロセスは、大きく4段階に分かれるとされる(Tyson 2000)。

 

(1)乖離:鑑賞者は物語の世界に没入し、心理的に実際の世界から離れる。

(2)同一性:鑑賞者は架空の登場人物と重なる。

(3)内在化:鑑賞者は見た内容に対して親近感とつながりを覚えるようになる。

(4)転移:鑑賞者は内容を自分の中でかみ砕いて、実生活の感情と思考に転移される。

 

 映画療法の治療の核心は「ストーリー」、そして「キャラクター」の中にある。もちろん映画、本、アニメといった媒体ごとの特徴に適したストーリー、キャラクター、感情移入の流れは存在するはずだ。しかしどれも等しく「物語」である以上、ここまで紹介してきた理論や実例は、アニメを使った「アニメ療法」にも十分適用可能だと考えている。

 以上、パントー・フランチェスコ氏の新刊『アニメ療法(セラピー)~心をケアするエンターテインメント~』(光文社新書)をもとに再構成しました。イタリア人オタク精神科医が、日本のアニメ文化を融合させた独自の物語療法である「アニメ療法」を提唱します。

●『アニメ療法』詳細はこちら

( SmartFLASH
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