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症例
東京都在住の生来健康な24歳男性。都内の惣菜店で勤務しており、2023年6月上旬に職場の食料庫で廃棄予定の生の鶏肉を素手で処理した。その5日後より38℃台の発熱を認め、さらに、頭痛、全身の筋肉痛、関節痛および倦怠感が出現した。第6病日に当院を受診し、身体所見上、眼球結膜の黄染および両腓腹筋の把握痛を認めた。関節の腫脹や熱感はなく、ネズミ咬傷を疑う創傷は認めなかった。初診時の血液検査は、WBC 10,200 /μL (Neu: 95%)、Hb 12.5 g/dL、Plt 6.6万/μL、PT-INR 1.04、APTT 46.5秒、T-bil 4.7 mg/dL、D-bil 3.3 mg/dL、AST 169 U/L、ALT 175 U/L、γ-GTP 168 U/L、CK 1,409 U/L、BUN 25 mg/dL、Cre 1.33 mg/dL、Na 135 mEq/L、Cl 94 mEq/L、K 2.9 mEq/L、CRP 21.73 mg/dLであった。尿定性検査では、潜血2+、蛋白尿1+、白血球-、亜硝酸-であり、尿細管障害を示唆する検査値の上昇をともなっていた。胸部単純X線検査、心電図検査、経胸壁心臓超音波検査では特記すべき異常所見を認めなかった。臨床所見からレプトスピラ症や尿路感染症による菌血症等を考慮し、入院当日よりセフトリアキソン、シプロフロキサシン、テイコプラニンの点滴静注を開始した。治療開始後より全身状態とともに炎症反応、腎機能、肝逸脱酵素は速やかに改善した。血液培養、尿培養から有意な細菌は検出されなかった。シプロフロキサシン、テイコプラニンは計7日間、セフトリアキソンは計10日間で投与終了とし、第15病日に自宅退院とした。抗菌薬開始前(第6病日)の尿および血清検体と、発症から約3週後(第20病日)の回復期血清検体を国立感染症研究所細菌第一部に送付し、レプトスピラ症の精査を依頼した。その結果、尿検体のPCRにおいてレプトスピラべん毛遺伝子flaBの増幅を認め、増幅産物の塩基配列決定によりLeptospira interrogansと確定した。また、顕微鏡下凝集試験(MAT)による血清抗体価測定では、血清型Icterohaemorrhagiaeに対する抗体価が50倍未満から1,600倍、血清型Pyrogenesと血清型Copenhageniが50倍未満から800倍と有意な上昇を認めた。以上の結果からレプトスピラ症と確定診断した。確定診断を踏まえて、管轄保健所へレプトスピラ症の発生届出を提出した。また、海外渡航歴や国内での淡水曝露歴などレプトスピラ症に罹患する明らかな曝露がなかったことから、職場環境の調査について依頼した。発生届受理後、保健所は、食品衛生担当、環境衛生担当、感染症予防担当で惣菜店を訪問し積極的疫学調査を実施した。調査の結果、惣菜店の管理者はネズミの出現を把握しており、ネズミの侵入口に鉄板を貼る、侵入口を樹脂で塞ぐ等の対策をしていた。粘着シートにネズミが捕獲された際は、従業員が素手で処理をしていた。また、生の鶏肉は冷凍で納入され室温にて解凍していた。調査の結果に対して、食品衛生担当は、生の鶏肉の保管方法・解凍方法について指導した。環境衛生担当は、ネズミの駆除や侵入防止対策について指導した。感染症予防担当は、他に惣菜店の従業員や同居の家族に体調不良者がいないことを確認し、症状出現時は医療機関を受診するよう助言した。加えて、ネズミやネズミが触れた生の鶏肉などを処理する際は手袋等使うこと、処理後は手洗いすることを指導した。
考察
レプトスピラ症はスピロヘータ目レプトスピラ属細菌(Leptospira spp.)による感染症で、げっ歯類をはじめとする保菌動物の尿との直接的な接触や、尿に汚染された土壌や水との接触により経皮的あるいは経粘膜的に感染する1)。本邦でも散発的な国内感染例が認められており、その多くは河川での感染例であるが1-3)、首都圏の市場における感染例も報告されている4)。
本症例では、海外渡航歴がなく、国内での淡水曝露歴はなかった。したがって、患者はネズミとの直接的な接触や皮膚の創傷はなかったものの、生の鶏肉を素手で扱ったことを含め、ネズミが出没する惣菜店での業務が感染の原因と考えられた。
レプトスピラ症は、無症状例から黄疸や腎不全、肺胞出血をともなう重症例まで臨床像は多彩である。一方で、身体所見、検査所見は非特異的なものが多い5)。そのため、発生地域への海外渡航歴やネズミをはじめとする動物との直接的な曝露歴がない場合、レプトスピラ症を疑うことは困難である。本症例のような重症例は、無治療の場合、致死的な経過を辿る危険性がある6)。また、都内でも毎年5例前後の発生報告があることから7)、レプトスピラ症は、都内でも遭遇する可能性がある危険な感染症として一般市民や医療者への注意喚起が必要である。さらに、本症例は、都内の飲食サービス業従事者における感染事例であり、今後の感染拡大防止のための環境整備や注意喚起が重要と考えられた。
レプトスピラ症の細菌学的な確定診断のためには、一般的な医療機関では検査が困難なPCRやMATを行う必要があるため、迅速な診断と対応にあたっては、保健所や国立感染症研究所との連携が重要であった。
謝辞:本症例の積極的疫学調査においては、管轄保健所の担当の方々にご尽力頂きました。この場を借りて深謝致します。
参考文献
- CDC, CDC Yellow Book 2024 Leptospirosis
https://wwwnc.cdc.gov/travel/yellowbook/2024/infections-diseases/leptospirosis - 国立感染症研究所, レプトスピラ症とは
https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/531-leptospirosis.html - IASR 37:103-105, 2016
- 小牧文代ら, IASR 37: 107-109, 2016
- Bharti AR, et al., Lancet Infect Dis 3(12): 757-771, 2003
- Costa F, et al., PLoS Negl Trop Dis 9(9): e0003898, 2015
- 東京都感染症情報センター, レプトスピラ症の流行状況
https://idsc.tmiph.metro.tokyo.lg.jp/diseases/leptospirosis/leptospirosis/
がん・感染症センター都立駒込病院
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