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 二人に一人が罹患(りかん)するとされ、日本人の死因でもトップである身近な病気、がん。死への恐怖や不安、治療の副作用や後遺症などで、身体のみならず、患者や家族の心にも大きなダメージを与えます。そのケアに従事してきた精神科医、清水研・がん研有明病院腫瘍精神科部長と、がんの苦しみを和らげる方法について考えます。

<がん罹患の仕組みと現状> 遺伝子が傷つき異常が生じた細胞が増殖し、血液などに入り込み転移する。たばこなどさまざまな外的要因があり、禁煙などでなりにくくすることはできるが、完全に防ぐことはできない。国立がん研究センターによると、国内で新たに診断されたがんは99万9075例(2019年)、死亡した人は38万1505人(21年)。

◆苦しみの先 向き合う力 がん研有明病院腫瘍精神科部長・清水研さん

 熊倉 私自身、一年前に舌がんに罹患し、舌の一部と、転移していた首のリンパ節を切除する手術をしました。告知のショックも大きく、回復にも時間がかかり、精神的なダメージも大きいことを、身をもって痛感しました。

 清水 がんという病気の難しさは、それまで想定していた人生が根底から揺らぐ体験をする点です。健康に十年、二十年生きると考えていたのに、死を迎えるかもしれない、と切実に思うようになります。

 人によっては社会的に仕事ができなくなる。一気に未来が変わってしまいます。

 がん患者の五人に一人がうつ状態になってしまう。罹患後一年以内のがん患者の自殺率は一般の人の二三・九倍に上るという調査もあります。

 熊倉 これら厳しい状況のケアをするために、精神腫瘍科があるのですね。

 清水 一人で悩むより、精神科医と二人であれこれ考えた方が気持ちの整理ができます。

 精神腫瘍学(サイコオンコロジー)は、米国で一九七〇年代、がんを伝えられた患者の心をどうケアするかを考える中で生まれました。日本では九五年、国立がんセンター(現・国立がん研究センター)に精神腫瘍学研究部が設立され、現在は「日本サイコオンコロジー学会」に、がん患者・家族のこころのケアを行う約百三十人の医師が登録しています。活用していただければと思います。

 熊倉 長引くがんとの闘病は昇進やキャリアにも大きな影響を及ぼします。がん告知後に退職する人も多いと聞きました。治療などによる経済的負担も小さくはありません。

 清水 退職という決断は早まらない方がいい、と強調したい。休職制度を活用して会社に残っていれば、いろいろな補償制度を利用することができます。

 出世競争をしてきた人にとっては、人生を見つめ直すいい機会とも言えます。出世でしのぎを削っても必ずどこかで行き詰まります。そうではなく、本当の幸せ、感謝などに目を向けるようになる。一日一日がより貴重になり美しいものに対する感性が磨かれる。

 がんになってよかったとは言えませんが、がんになり自らの死を意識することは、時に価値観の転換を起こします。

 熊倉 多くの患者と面談してきたとうかがいました。印象的な例もあったと思います。

 清水 乳がんになった女性の中学生の娘は、不安から不登校になりました。女性は負担を掛けたと罪悪感を抱えながら治療を続けました。娘が高校生になった時、がんが再発し、治らない進行がんと判明しました。

 娘は献身的に母親の手伝いをし、女性はさらに罪悪感を抱えました。しかし、車いすで卒業式に参加し、堂々と卒業証書をもらう娘を見て「ここまで成長したんだ」と安心し、罪悪感から自由になりました。車いすから見上げる満開の桜、雲一つない青い空は本当に美しく、亡くなる前の最良の一日になったそうです。心が澄んで集中し、そういう感覚が芽生えたのだと思います。

 熊倉 末期がんで余命を告げられるのは究極の恐怖です。介護する家族の負担も大きいと思います。

 清水 死に対する恐怖は(1)苦しんで亡くなる(2)残された人のことが心配(3)自分の存在が消滅する−の三つがあります。

 (1)では、薬などいろいろな手だてで体の苦痛を緩和します。(2)では、残された人のためにできることを整理しておくことです。

 (3)は背筋が凍る恐怖です。しかし、恐怖には慣れる習性が人にはありますし、周りのスタッフが共感することで勇気づけることができるかもしれません。

 大切な人がいなくなるかもしれないという家族の苦しみも計り知れません。その感情を押し込めて患者を支えなくてはならない。実際、歯を食いしばって頑張っている人は多い。一人で抱えさせないような家族へのカウンセリングも必要です。

 熊倉 がんにつきものの転移や再発への不安も、大きな精神的負担です。

 清水 不安は危険に備えよとの警告です。がんに対し自分でできることは、標準治療(保険適用の手術、抗がん剤、放射線治療)を受けることで、その結果は待つしかありません。

 三カ月に一回、検査結果を聞きに行くのも通るしかない不安です。しかし、不安との付き合い方を変えることはできます。

 多くの患者は何もしてない時や、がん情報をネットで検索している時などに不安が強くなります。たわいない話をしている時や何かに没頭している時は不安を感じません。

 不安になりやすい行動を減らす−認知行動療法中の行動活性化療法です。未来のことを考えるから不安になる。今現在のことに注力できれば不安になりません。

 熊倉 治せないがんに対処するため、あるいは体に傷をつける標準治療を嫌い、「民間療法」や「放置療法」に走る患者もいます。高額で実施している医療関係者も目立ちます。

 清水 患者がすがる気持ちも理解できますが、科学的根拠のない自由診療に効果は期待できません。誤った誘導には規制も必要だと思います。

 熊倉 がんによる絶望からのレジリエンス(復元力)の重要性を強調しています。具体的にどんなものなのでしょうか。

 清水 例えば、がんで余命を宣告されると、最初、絶望し、怒り、悲しみますが、これらの負の感情が大切な役割を果たすのです。

 残りの人生をどう生きていくかを考え、落ち込んではまた戻るを繰り返す中で、現実と向き合っていく力がわいてくる。心理学では、耐えがたい状況でも進んでいける心の道筋があると考えられています。時間がたつ中で出てくる向き合っていく力がレジリエンスです。

 ところで熊倉さんはがんになった時、葛藤はありましたか。

 熊倉 約二カ月半、仕事を休まなくてはなりませんでした。今も本調子ではありません。あせりや悔しさも感じます。前のようなパフォーマンスをあげられなくなり、自信もなくなりました。

 一方で、割り切った気持ちも感じるようになりました。好きなことを我慢せず、無理をせずに過ごすという意味です。

 清水 それは心理学的には前向きな変化です。

 がんにより、人間はいつどうなるか分からない喪失を体験する中で、一期一会を大切にし、自分の気持ちに正直に生きるという道筋があるのです。

<しみず・けん> 1971年、石川県生まれ。金沢大卒。国立がんセンター東病院、同中央病院などを経て、2020年から現職。対話してきたがん患者や家族らは約4000人に上る。著書「がん患者のこころを支える言葉」(KADOKAWA)など。



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