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緩和ケア医の役割は、現場で患者の症状緩和を行うだけではない。山形県唯一の緩和医療専門医である神谷浩平氏は、複雑で倫理的な問題に向き合ったり、地域の誰もが緩和ケアを受けられるように多職種連携を促進したりしながら、医療介護スタッフの相談役も担っている。コンサルタントとして独立した理由、緩和ケアの現状、地域における緩和ケアの役割などについて、一般社団法人MY wells 地域ケア工房代表の神谷氏に話を聞いた(2021年9月22日オンラインインタビュー。全2回連載)。

MY wells 地域ケア工房代表の神谷浩平氏
――先生が緩和ケアを専門に選んだのはなぜですか。
2003年に山形県立日本海病院(現・日本海総合病院)での2年間の臨床研修を終えた私は、山形大学医学部附属病院麻酔科に進みました。2005年には山形県立中央病院麻酔科に移り、手術時の全身麻酔や、重症患者に人工呼吸器をつないで全力で救命する集中治療などに携わっていました。しかし、その中には治らない病態の方、亡くなっていく過程にある方がいて、そういう患者さんに少しでも楽に最期の時間を過ごしてもらえるような、支える医療を専門にやりたいと考えるようになりました。それを学べる科が緩和医療だったのです。2008年に麻酔科を離れて筑波メディカルセンター病院(茨城県つくば市)へ移り、緩和医療専門研修を受けました。
その後、2010年に山形県立中央病院に戻り、緩和ケア病棟の医師として入職しました。県立中央病院は都道府県がん診療連携拠点病院でもあり、がん緩和ケアチームの一員として、一般病棟と外来での診療も行いました。ただ、麻酔科にいたときから感じていたのですが、患者さんからの要望を受けて痛みを取るにしても、体が弱ってくればどうしても取りきれない苦痛が残ることもありますし、加齢やがんの再発で終末期を迎えた方には、「治す医療」よりも「支える医療」が求められてきます。ご本人やご家族への精神的なサポートも重要です。ではそれを精神科の先生がやるのかと言えば、それも違うような気がします。私は、基本的な緩和ケアは各診療科の主治医と多職種チームが担うべき部分も多いと考えていました。
また、治療を終えて自宅や高齢者施設などに戻られる患者さんを見ていると、病院の中だけでは患者さんの望むQOL(生活の質)を提供できないこともあると感じるようになりました。そこで病院から出て、独学で在宅医療についても学び始めたのです。訪問看護師さんと一緒に看取りをしたり、患者さんが在宅に戻るときに担当となる開業医の先生と連携をしたりしながら、在宅医療の活動も行っていました。
――緩和ケアコンサルタントとして独立を決心したきっかけは何ですか。
県立中央病院で活動する10年間の中で、今お話ししたような課題を感じてきました。例えばがん以外でも、心不全のために救急車で運ばれて集中的な治療を経て救命されたものの、気管切開や胃瘻からの経管栄養も行われ、その後の療養の場所が移行する患者さんがいました。退院後にその患者さんが療養するのは在宅や高齢者施設、慢性期療養病床などであり、私のいる病院ではないわけです。そういった病気の種類や状態を問わず人生の最終段階を過ごす患者さんに対して、それぞれの場所で緩和ケアの質の向上を図る必要性があると感じていました。
そのような中で、急性期・慢性期などの時期、療養のセッティング、そして病気の種類を問わない緩和ケアについても学び、現場の活動を支援していく必要があると感じました。そのためにはがん診療連携拠点病院の中にいるだけでは分からない現場も多いため、コンサルタントとして独立し、各医療機関を巡回するという方法を取ることにしたのです。
県立中央病院には県内でも最も歴史のある優れた緩和ケア病棟とスタッフがあり、私はがん診療連携拠点病院として県内の緩和ケアをリードする立場や、若手への教育や研修の機会を多くいただいていましたので、そこを立ち去ることに葛藤はありました。緩和医療専門医の育成においても、ある程度の年限になるまでは専門医の取得には至らないことなどを考えると、今は現場の医療介護従事者と基本的な緩和ケアの普及に取り組むプロジェクトに傾注したいと考えました。そうして2020年10月に病院を退職し、独立をしました。
――緩和ケアの現状と今後についてどうお考えですか。
これまで緩和ケアは、がんを対象にして抗がん剤治療が終わった終末期における看取りの医療ととらえられてきましたが、いろいろな啓発活動によって、比較的早い段階、場合によっては診断時から関わるようになってきています。
そうしたがん医療の緩和ケアに関する啓発を今後も続けていくことが重要ですが、一方で、急速に進む高齢化と多様な疾患のことも考えなければなりません。2025年問題などと言いますが、75歳未満の人口が減って、後期高齢者が増えてくると、がん患者だけではなく、慢性多臓器疾患や整形的な疾患などを重ねて抱える高齢の患者が増えてきて、症状が悪くなったときに手術や抗がん治療をするかどうかの意思決定に悩むケースが出てきます。自分あるいは自分の家族が、本人の望まないようなQOLでも延命治療を受けるかという選択を迫られたときのために、本人が元気なうちから話し合っておく、アドバンス・ケア・プランニング(ACP)の必要性が高まっていると感じています。
ACPにおいては、何かの決定事項を残すことだけを目的とせず、あらかじめ本人の大切な価値、気がかりなことや恐れていることなどを受け止めながら繰り返し行うことで、本人の意向が反映された治療・ケアの選択と実行にいたるプロセスが求められます。それは医師だけでも、家族だけでもなく、多職種で行う共同作業です。そんなACPの普及に緩和ケア医も関わっていかなければならないと感じています。それが一つの大きな流れだと考えています。
もう一つの流れとして、医療者が複雑な問題や倫理的な困難に直面するような場面で緩和ケアの専門家が助言役になれるだろうと考えています。例えば、抗がん剤治療の副作用で治療が難しくなった患者さんから「1%でも可能性があればやってほしい」と頼まれるケースや、肺炎で運ばれた後期高齢者に、本人の望まない人工呼吸器による延命措置を行うかどうかといったケースなどがあります。そうした医療の無益性や倫理的な問題にも向き合い、話し合いの場で相談役になれるのが専門的な緩和ケア医だと私は考えていて、国際的にも徐々にそうなってきています。

病院の医療スタッフと一緒に診療を行う神谷氏(左から2人目)
病院から在宅や高齢者施設などに療養の場が移行していくときにも、症状緩和やACPの過程がちゃんと引き継がれるように、また、時には難しい症状や問題にアドバイスできるように、地域の多職種と密に連携できることが、緩和ケア医の役割だと私は考えています。
県内の地域医療においては、在宅医療を専門にしている開業医の先生はまだ少なく、少人数で在宅医療の多くを担っているという現状があります。しかし、1人で365日やっていくのは、やはり無理があるので、例えば開業医だけではなく地域の病院が関わっていく方法もあると思うのです。小規模の民間病院では、訪問診療・訪問看護も行うのが一般的ですが、自施設の患者さんに対象が限られています。公的病院にはなかなかその余力がありませんが、地域によっては基幹病院もそのような地域医療を支えるシステムをつくれないかと考えています。開業医の先生への紹介のタイミングが早くなること、丁寧な情報の共有、継続して相談に乗るシステムなどがあるだけでも違う形が見えてきます。
私が県内の10施設ほどの医療機関に同時に関わっているのは、複数の多様な病医院での状況や活動を知ることで各施設のケアの改善につながるのではないかと考えたからです。他の病院でその情報を基に定期的に勉強会を開いたり、オンラインセミナーなどで情報をシェアしたりして、多職種で学ぶ場や、地域医療連携のモデルケースをつくれるように取り組んでいます。
――今後の展望をお聞かせください。
今後は県内でも地域によって人口構成が大きく変化し、特に高齢人口の比率が高くなってくる地域では「治す医療」のニーズよりも、どのように老いをむかえつつ過ごすかの選択や療養を「支える医療」のニーズが高くなることが予想されます。医師への教育も地域の連携も、そのような形で考えなければなりません。
最期まで自分らしく過ごせる医療や社会をつくるためにはどうしたらいいか。そのためには病院の医療者自身も地域を知り、終末期の過ごし方をテーマに仲間と活動していくことも大事です。法人の名前を緩和ケアではなくあえて地域ケアとしたのにはそういう意味を込めていて、共につくるというメッセージで「工房」と名づけています。
まずはがん、非がんの疾患を問わず基本的な緩和ケアの普及を促進していきたいと思います。同時に緩和ケアの専門家を育てることも目標の一つと考えていますし、可能であれば同時に行っていきたいと思います。5年後か10年後か、いずれまた私がどこかの機関に所属し、直接若い医師を指導する立場になることもあるかもしれませんが、それまでの間はコンサルタントという立場で緩和医療専門医の一つの活動の形を示していきたいです。

さまざまな団体と協力して緩和ケア普及のための研修会を行う
◆神谷 浩平(かみや・こうへい)氏
2001年、山形大学医学部卒業。同大学附属病院麻酔科、山形県立中央病院麻酔科を経て、筑波メディカルセンター病院緩和医療科へ。2010年に山形県立中央病院緩和ケア病棟医師となり、2011年に同院緩和医療科医長に就任。2020年に退職し、一般社団法人MY wells 地域ケア工房を設立。日本緩和医療学会・緩和医療専門医。
【取材・文=渡辺悠樹(写真は神谷氏提供)】
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