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近年、がん治療の標的は細分化し、プレシジョンメディシンという考え方が広がった。それに伴い、分子標的薬をはじめとする医薬品の開発、適応拡大のための臨床試験もより細分化され、実施されている。一方、細分化された治験には、潜在的な患者数の少なさや実施施設の少なさなど、これまでの臨床試験では経験されなかったような課題が認められつつある。今回は、がん領域における完全リモート治験を日本で初めて実施する愛知県がんセンター薬物療法部医長の谷口浩也先生に、完全リモート治験の可能性や課題について、お話しを伺った。
愛知県がんセンター 薬物療法部医長
2002年京都府立医科大学卒業し、消化器・血液内科入局。
患者さんなどみなが納得できる最適な治療の提供をモットーに、消化器がんの薬物療法を中心に日々診療にあたる。同時に、未来の患者さんのために新しい治療開発にも取り組む。
日本内科学会 総合内科専門医
日本消化器病学会 消化器病専門医・消化器病指導医
日本臨床腫瘍学会 がん薬物療法専門医・協議員
日本癌学会 評議員
きっかけは「がんゲノム医療難民」の存在
編集部:まず、完全リモート治験を実施しようと思ったきっかけを教えてください。
谷口浩也先生(以下、谷口先生):がんゲノム医療が広まってきましたが、なかなか治療に結び付かず、開発が止まっているように感じていました。また、自分が治験に10年以上携わってきた中で、お住まいが遠方にために治験に参加できないという患者さんを、ゲノム医療に限らず数多く経験してきました。
対象患者さんが多い治験であれば、治験参加者の集積に問題はないと思いますが、特にがんゲノム医療に関しては、元々対象患者さんが少ない上に治験実施施設が5~10施設程度と限られています。そのため、治験参加を断念せざるを得ない「がんゲノム医療難民」と呼ばれる患者さんが存在します。その方々をなんとかしたい、そう考えたのが今回、リモート治験を導入したきっかけです。
編集部:遠方であっても治験が受けられる仕組み作りが重要だと考えたのですね。
谷口先生:はい。治験における重要課題のひとつは、患者さんのアクセスだと思います。先述の通り、がんゲノム医療が広がり、対象患者さんの少ない治験が増えてきていますが、治験の登録がうまくいかないと、企業は開発をためらうことになりかねません。リモート治験を行う仕組みを構築し、治験を円滑に行えることが、スムーズな薬剤開発につながると考えています。
また、当院ではオンラインセカンドオピニオンを導入しています。医療者として、患者さんに来院してもらい、対面でコミュニケーションをとることがすごく重要だと思っていました。しかし、オンラインでセカンドオピニオンをやってみると患者さんの表情も見られて、対面でのセカンドオピニオンと大きく変わらないということに気付きました。
これは、我々にとって大きな発見でしたし、同様のことを他の医療者も感じました。病院として今回の取り組みを行う心理的ハードルを下げることにつながったと思います。
2つの医師主導治験を実施、1つはハイブリッド形式で
編集部:今回の治験の詳細を教えてください。
谷口先生:内服薬を用いた2つの医師主導治験を行います。そのうち1つは「ALK融合遺伝子陽性の進行・再発固形腫瘍を対象としたブリグチニブの多施設共同第2相バスケット試験(jRCT2041210148)」です。これは西日本がん研究機構(WJOG)主導の治験です。
5月から開始の予定で、20名の患者さんの参加を見込んでいます。当院へ直接来院が可能な方は従来型の治験参加、遠方の方はリモート治験とハイブリッド形式で実施する予定です。
編集部:患者さんはどのように申し込んだらいいですか。
谷口先生:基本的には、がんゲノム医療中核拠点病院、連携病院でパネル検査を受けられた患者さんが対象になります。治験参加を希望される場合は、がんゲノム医療中核拠点病院、連携病院から当院へご連絡、ご紹介をいただくことから始まります。
編集部:その後はいよいよオンライン診療ということですね。
谷口先生:はい。まず初診は患者さんとかかりつけ医と治験実施医師との3者で自己紹介や、かかりつけ医からの診療情報提供書の内容の確認、治験の説明などを行います。患者さんはスマートフォンやタブレット端末を使用して当院とつながるため、デバイスの操作が必須となります。
2回目の診察以降は、患者さんとかかりつけ医は従来通り対面にて診察を行っていただき、当院と患者さんはオンラインでつなぎ診療を行います。
治験薬は専用配送業者で配送
編集部:治験薬はどのように患者さんの元に届くのですか。
谷口先生:今回は経口薬ですので、当院から患者さんへ専用の配送業者に依頼して配送します。
編集部:画像検査や血液検査はどのように行われ、結果を共有されるのでしょうか。
谷口先生:今回の治験では特殊な検査はないため、すべての検査はかかりつけ病院で行い、結果は治験実施医療機関である当院に集約されるようにします。患者さんは検査のためにかかりつけ病院へ行かなければいけないので、そこが今後の課題かなと思っています。
キーワードはD to P with D
編集部:今回の治験で工夫した点はありますか。
谷口先生:治験の進め方について患者代表の方からもアドバイスをもらいました。できる限り患者さん、かかりつけ医、治験実施医師の3者による診察を増やして欲しいという要望がありましたので、初診以外でも「Doctor to Patient with Doctor(D to P with D)」形式での運用を増やしたいと考えています。
また、一番重要なのはコミュニケーションだと思っています。かかりつけ医とは診療情報提供書でのやり取りになりがちですが、治験を円滑に進めるためには、電話やメール、WEB会議システムを用いて、治験開始前に事前打ち合わせや治験実施中の密なコミュニケーションをとる必要性を強く感じています。
そして、D to P with D形式を取り入れるにあたり、当院のような専門的ながん診療施設はアドバイザー的な役割も求められると感じています。かかりつけ医とともに患者さんを診ることで、貴重な治療経験を我々とかかりつけ医で共有できるというメリットがあります。今後、治験に限らず先進的な医療を地方に届けるという点でもこの形式は重要だと感じています。
実績を積み上げ、企業治験への拡大に期待
編集部:期待が高まるリモート治験ですが、課題はありますか。
谷口先生:課題については2つあります。1つは、治験としての評価です。医薬品医療機器総合機構(PMDA)に確認を取りつつ計画した今回の枠組みですが、実際に今回の治験で得られた有効性・安全性を基に承認申請を行う際、問題を指摘されないようにしっかりと進めていきたいです。当局だけでなく製薬企業を含めた外部の方からも適宜アドバイスをいただく予定です。
もう1つは被験者の安全性の確保です。有害事象発現時、オンライン診療では患者さんに触れることができないため、対面診療と同じように治験実施医師が診察できるかという点が課題です。しかし、今回の枠組みでは、患者さんが今まで通院していたかかりつけ医に緊急時の対応をお願いすることになります。全く今までの情報がない先生が対応するよりは良いのかなとも考えています。
そのため、今回は患者さんの安全性というところに焦点を当て、まったくの新薬ではなく、ほかのがん腫で承認を得ており安全性が既知の薬剤の適応拡大を目的とした治験にしました。
編集部:それらの課題に対する有益性が証明された場合、リモート治験はどのように拡大していくと思いますか。
谷口先生:現在、Good Clinical Practice(GCP)には、治験薬の処方は治験実施施設で行わなければならないと明記されています。そのため、今回は経口薬での治験とし、当院から配送するシステムとしました。今後、GCPが見直され、点滴薬での投与や点滴薬と経口薬の併用療法に拡大されたり、企業治験でもリモート治験を導入されたりするようになることを期待しています。
使用する薬剤に応じて最適な治験方法を
編集部:今後、治験の在り方がますます変化していきそうですね。
谷口先生:今後は従来の治験とリモート治験の二極化になるのではないかと予想しています。やはり、新薬の治験などのように患者さんをこまめにケアしなければならない場合は、従来の対面診療を主とした治験が向いているでしょうし、一方で希少な疾患の患者さんを対象としている治験や適応拡大を目的とした治験は、効率的に開発が進むという点でリモート治験が向いているかと思います。
患者さんの安全性と治験に求める目的、使用する薬剤に応じて最適な治験の方法を決めていく必要があり、その礎として治験実施形態の選択肢がバラエティに富むのはいいことだと思っています。
現在、日本における治験のコストは高く、海外から敬遠されがちな側面があります。これにより、日本が治験に参加できなくなり、薬剤開発が遅れる「ドラッグラグ」が再び生じる可能性もあります。
日本においてもリモート治験や分散型臨床試験(DCT)に取り組み、治験にかかるコストが抑えられれば、治験に参加しやすくなります。DCTを導入し、治験実施施設とサテライト施設で治験が行われるようになれば、広く患者さんも参加でき、コストダウンも図れるのではないかと期待しています。
アイデアを集結して患者さんに笑顔を届ける
編集部:最後にオンコロをご覧になっている方々へメッセージをお願いします。
谷口先生:新型コロナウイルス感染症パンデミックにより、日常生活、社会生活に大きな制限を受けました。その逆境の中、治験に携わるがん治療医として推し進めるべきものは何かと考えたとき、本取り組みを思い付きました。同僚、上司、医療スタッフ、事務スタッフなど院内関係者、外部の有識者、患者代表の方など、みな眼を輝かせながら次々とアイデアを出して、ここまでたどり着きました。より良いもの、持続可能性の高いものにしながら、全国のがん患者さんとその家族に、笑顔が届けられるように全員で頑張っていきたいと思います。
■関連リンク
愛知県がんセンター プレスリリース「かかりつけ病院と協力して患者さんとオンライン診療を行う完全リモート治験を開始」
がん情報サイト「オンコロ」 ニュース「がん治療分野では国内初となる完全リモート治験を開始」
この記事に利益相反はありません。
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