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次の誰かのためにと綴っています。

古村比呂さん(56)にお話を伺いました。朝の連続テレビ小説『チョッちゃん』のヒロインとして知られていますが、北海道生まれ、育ちは江別。今年3月に子宮頸がんとリンパ浮腫と共に歩んだ10年の記録を『手放す瞬間(とき)』(KADOKAWA)として出版されました。再発、再々発を経てのありのままを綴ったその思いを伺いました。

本を書かれたきっかけは?

『去年の5月ちょうど今頃、(KADOKAWAの編集者)堀さんからお話をいただいて。感覚的に、ああ、書きたいなと思ったのです。』

『打ち合わせのときはお互い意識してなかったのですが、(発売のこの春で)10年ちょうど経つと気づいて、区切りとして伝えたい、と。私は患者さんの会を行ったりする中で(子宮頸がん)サバイバーとして、患者さんにとって、一番ベストな治療を受けてもらいたいと考えるようになりました。私は一つの例でありませんが、読者の方が選択肢を考える中で、私の経験が参考になればと思いました。』

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手放す瞬間(とき)子宮頸がん、リンパ浮腫と共に歩んだ私の10年 古村比呂著(KADOKAWA刊)

本は幼少期のご自身から始まります。初めてのテレビでの仕事は、なんと弊社のHTB『派~手~ずナイト』のアシスタント!ご縁があります。そこから東京の事務所とのつながりを経て『チョッちゃん』につながる、ということを知りました。この芸能界入りから結婚、子育て、離婚、そして、病と向き合う日々が確かな記録に基づいて綴られているのです。というのは古村さん、備忘録のようなメモをずっと残しているのだそう。

古村さんは10年前に子宮全摘手術、その1年後にリンパ浮腫を発症されました。

『リンパ浮腫を発症したときに、どうしたらいいのかわからなくて、身動きすら取れなかった。最終的にいい治療法には出会えたけれど困った思いをしている人がほかにもいるのでは?』と患者会を立ち上げました。会を重ねていく中で、患者さんの思いにも触れました。

『会に集まっている人にはがんの経験、リンパ浮腫の経験という共通項があって、芸能人であろうと一般の人であろうと、その垣根はありません。つながることの方が私には必要でした。』と話します。

『今も、左足は常に弾性ストッキングをはいて排液を流すなどをしています。リンパ浮腫はずっと付き合うものですが、形成外科治療を加えながら、仕事もできるようになっています。仕事をしているとがんでいる自分を忘れられます。それって大切だなと思って。支えてくださっている先生方も仕事を続けていくことがいいとおっしゃいます。もちろん、そのサバイバーの感覚と職種にもよりますけれど。ただ、私たちサバイバーの意識と、仕事の環境にはがんの認識についてのタイムラグがあるなとも感じています。』

がんになったことで仕事を辞める、仕事ができない、辞めさせられる、などの思いを私も多く伺ったことがあります。『そこには根深い溝がある』と古村さんも言います。

『サバイバーとしてできることが必ずあると思っているんです。私が主宰している患者会にも、申し込むのにドキドキした、すごいハードル高かった、と半年悩んだとおっしゃる方もいて。その一歩に、勇気にこたえたいと思うし、アクション起こしてくれたからこそ、出会えたんですよね。そういう出会いが次に膨らんでいくのを感じます。みなさんから教わったことでもあるんですけど、サバイバーだから引くのではなく、一緒に動いていこうと。一緒に動くことの強さってあるなと思うのです。』

患者会をやるうえでお別れ、も避けることができない場合があります。

『みんな少なからず、それは覚悟していて、死に関しては思っている部分がありますね。がんの患者会にはご本人と一緒に家族も来てくれています。会えなくなってしまうメンバーはいますが、家族とは今もつながっていて。別れは突然来るのでそこで気持ちを入れなおすのに時間はかかるのですが、その家族の人たちが今も連絡をくれているのは救いです。』

家族も第2の患者

今回の本には家族からの言葉やお母さまがうつ病になられたお話も書かれています。お母さまがどうしてうつ病になられて、その後、お薬に頼らなくなったのかはぜひ読んでいただきたい、です。また、再発後、毎日の放射線治療に通われているときに、電車の人身事故に遭遇、予約時間に間に合いそうもなく、これまでの治療が無駄になってしまうと不安に襲われた古村さんに息子さんがLINEで送ってきた言葉が秀逸でした。

―そんな日もあるさ

『子どもは私の性格をよく理解しているんだと思います。あとで理由を聞く機会があって・・・ “そういう言葉が浮かんだんだよ。”とニヤッとしながら答えていました。』

今回の本については『次男は面白い面白い、と言ってくれました。長男は離れて住んでいるのですが、感想をよろしくと伝えましたが、まだ返ってきません。三男はまだ読んでいないみたいです(笑)。』

今回の『手放す瞬間(とき)』。事実べースで書かれていて、その時の古村さんやご家族の感情を想像しながら読みました。

『演者・役者のくせかもしれませんが、読んでくださった方にどんな風景が見えたのか、想像に任せたいのです。盛るのも好きじゃない。』

しかし、文章から読み取れないつらい思いをされたこともあったのでは?とも感じることもできます。

“患者力”をどう身に着けたのか?

『私、つらいとあんまり思わないんです。容量がいっぱいなだけかもしれないのですが。感情的になるといろいろ間違ってしまう気がするんです。』

『再々発ってなったときに、あとがないとなったときはなんとも言えない思いになりましたし。周りの人の反応も大丈夫だよ、という言葉すらもかけづらいという現実があった。

そして、私自身はがんと闘うことに違和感を覚えるようになりました。闘うのはもうしんどいなと感じて、白旗を上げたんです。すると、お互いあるべき姿に戻れるようにうまくやっていきましょうという思いが沸き起こり、気持ちもスッと楽になったんです。がんを排除する力より、がんを受け入れる力の方がしっくりきたんです。』

“事実”と“感情”を分ける、俯瞰でものを見る・・・本にもがんと向き合うための方法がしっかりと記されています。

“がんで失ったものはある。でも、私は人生をあきらめない。“ 悔しさをにじませながらも少しでも先へ、何かを残したい。その強い思いが伝わってきます。

『サバイバーさんとの交流の中で心がけているのは、参考にはしてほしいけど、押し付けないこと。私の思いや考え方が正解ではないし、その表現にも気を付けています。』

文章のひとつひとつが、その経験と提案として次の誰かのためと綴られていて、さらに、古村さん自身の頭の中を整理して、いろんなことを手放そうとされているのが読み取れます。サバイバーだからこそ書ける、がんと生きるヒントが詰まっています。

このコラムでもご紹介していますが、『大変だね』『がんばって』は患者さんに言うのは避けてほしいキーワード。

次回は編集者の堀さんと二人三脚で生まれた本の後半に置かれた【つらさを和らげる27の処方箋】について。がんと共に生きるヒント、支える家族や仲間がいる方にも読んでほしいヒントを深掘りします。

手放す瞬間(とき) 子宮頸がん、リンパ浮腫と共に歩んだ私の10年 

古村比呂 著(KADOKAWA刊)

https://store.kadokawa.co.jp/shop/g/g322106000638/

古村 比呂さん

1965年、北海道生まれ。大学生のときに女優を目指して上京。1987年のNHK朝の連ドラ『チョッちゃん』のヒロインを務める。1992年に結婚し、3人の男の子を出産。2008年離婚。2012年に子宮頸がんがステージ1で見つかり、子宮を全摘出。寛解したが、リンパ浮腫に悩まされ、2013年に患者の会「シエスタ」を立ち上げる。手術から5年後の2017年に再発。抗がん剤治療を行うが、半年後に再々発。その後、再び抗がん剤治療を行ったところ、がんの兆候がなくなった。2019年2月、治療を中断。経過良好で2年が経過した。5月6日(金)に映画「パティシエさんとお嬢さん」公開

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