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新型コロナウイルスへの感染に、多くの人が不安を抱えています。中でもとりわけ強い不安を感じているのが感染すると重症化するリスクがあると言われている、がん患者です。ある患者の女性は、がんが転移・再発するリスクに、重症化リスクが加わり、恐怖を2倍感じていると語りました。深刻な不安を感じている人たちのために私たちができることはないのだろうか。そう思いながら患者たちを取材しました。
(社会部 記者 馬渕安代)
「コロナの今、本当につらい」
京都市に住む西田久美子さん(52)は、おととしの春、乳がんと診断されました。手術や抗がん剤治療を経て、現在は3か月に1度通院し、転移や再発がないか診察を受けています。
新型コロナウイルスの感染が拡大するにつれ、通院に強い不安を感じるようになりました。
4月になり、同じく乳がんの治療中だった女優の岡江久美子さんが亡くなったというニュースは、さらに不安を大きくしました。
西田さんは、今の不安を語ってくれました。
西田久美子さん
「そもそも通院自体が、がんが転移していないか、再発していないかという不安を抱えているものなんです。それに加え通院中にコロナにかかってしまったらどうしようという不安が重なって、恐怖が2倍になっています」
そして今、がん患者として感じている「孤独」について話してくれました。西田さんの言葉は、命に関わる病気と向き合う人たちの静かな悲鳴のようにも感じられ、私は詳しく話を聞かせてもらうことにしました。
ある日突然、がん患者に
しかし、数日後、医師から知らされた病名は、乳がん。実は西田さんの母親や伯母も乳がんを経験していたため、2年に1度、必ず検診を受けていました。これまで異常はなく、念のため次の検診をと考え始めた矢先のことでした。
当時、長男が18歳、長女が16歳、そして末っ子の次男は8歳でした。「なんで自分が…。自分が死んでしまったら子どもたちはどうなるのだろうか」。真っ先に頭に浮かんだのは子どものことでした。
死の恐怖
クリニックで渡された検査結果や、医師の言葉を思い出しては、なじみのない専門用語をネット上で検索し、自分のがんがどのカテゴリーに属するのか、どんな治療が必要なのか、知ろうとしました。しかし、どうしてもネガティブな情報が目に入ってきます。
「もしかしたら予後が悪く治療が難しいがんで、自分はそう遠くないうちに死んでしまうのではないか」
よくないことばかりが頭に浮かび、「死」におびえる日々でした。
翌月、がんを取り除く手術は無事終わりました。医師からは、転移はなく「ステージ1」だと告げられました。しかし、今後、がんが転移してしまうと、一気に「ステージ4」になる可能性もあります。死に対する恐怖や将来に対する不安は消えませんでした。
がん患者の孤独
特につらかったのは朝でした。目が覚めると、自分はがんなんだという現実を改めて思い知らされるからです。夢ではなかったことに気づき、絶望感にうちひしがれました。
そうした日々を過ごしながらも、職場では病気のことは話さず、普段どおり仕事に打ち込みました。家に帰ると、夫には相談できましたが、3人の子どもたちには、病気のことを知らせることができませんでした。子どもたちに決して涙を見せないようにしようと心に決めていました。でも、どうしてもこらえきれなくなると、家を出て車を走らせました。1人になると、ようやく泣くことができました。声をあげて泣きながら車を運転し、気がついたら京都市の自宅から大阪の岸和田市まで何十キロも走っていたということもありました。たった1人で死の恐怖と向き合っているような、そんな気持ちでした。
「何があっても生きよう」
しかし、ある日、次男と2人きりになったとき、次男がこう語りかけてきました。「ねえ、お母さん。僕、お母さんの病気知ってるよ。『がん』なんでしょ。聞いても大丈夫だよ。お母さんの髪が抜けても、僕、一緒に頑張るから、大丈夫だよ」。小さな胸を痛めながら一生懸命考えた言葉でした。西田さんは、何があっても生きようと誓いました。
西田さんは、気になっていた遺伝子の検査を受け、自分のがんが遺伝性だったことを確認しました。そして、去年3月、がんのない乳房や卵巣、卵管を予防的に切除しました。がんを告知されてからおよそ1年。2度の手術と抗がん剤治療を完遂し、できることはすべてやりきりました。子どもの成長を少しでも長く見届けたい、生きたい、という一心でした。
ようやく見つけた居場所
転機となったのは、インターネットで「患者会」を見つけたことでした。勇気を出して大学病院で開かれていた患者会に顔を出すと、そこには自分と同じ病気を経験した女性たちが集まっていました。西田さんはすぐに打ち解け、さまざまなことを語り合いました。子どもの成長を見られないかもしれないと思い詰めたこと。朝、目が覚めたとき絶望感を感じること。重い話題であっても遠慮なく話すことができました。また、ほかの人たちの思いに共感して、一緒に泣き、笑い合うことで、西田さんは、ようやく自分の居場所を見つけたような気持ちになりました。
同時にこれまで感じていた「孤独」の意味を理解することができました。家には病気が発覚して以来、母親に心配をかけまいと努めて明るく振る舞ってくれる子どもたち、そして近くで優しく支えてくれる夫がいました。家族の存在は、闘病中の西田さんをどんなに勇気づけてくれたかわかりません。でも患者会で、死に直面する者同士でなければ埋められない何かがあることに気がつきました。「自分だけじゃないんだ。同じようなことを考えていた人はほかにもいたんだ」と感じることで「孤独」から解放されました。
西田さんは、月に1度の患者会に欠かさず顔を出し、少しずつ不安と折り合いをつけながら、ようやく平穏な日々を取り戻しかけていました。
コロナで再び孤独に
不安な時、大きな心の支えだった患者会は、新型コロナウイルスの影響を受け、ことし2月を最後に開かれなくなっていました。感染防止のため、しかたがないことでした。SNSを使って仲間と連絡を取り、互いに励まし合っていますが、顔を見ながら話すことができないのは、大きなストレスになっています。各地で、患者会やがん患者同士の交流イベントが中止になる中、西田さんは、ほかのがん患者の人たちに思いを巡らせています。
西田久美子さん
「仲間たちと会えないのが一番つらいです。今、病気が発覚して間もない人や、手術が延期になってしまった人、抗がん剤や放射線治療で頻繁に通院している人もいます。そういう人たちは、私よりもずっと不安で、孤立しているのではないかと思います」
ほんの少し共感してくれるだけで
西田さんの話を聞きながら、私は、コップのふちまでいっぱいにたまった水が、表面張力でかろうじてこぼれずにとどまっているような状態を思い浮かべました。西田さんは、ぎりぎりの状態で不安に耐え、孤独と闘っていました。病気を経験していない人が、深刻な不安や孤独を、取り除くことは不可能かもしれません。でも、何かできるのではないかと思い、私は西田さんに、がん患者以外の人で支えになってくれた人はいますか、と尋ねました。西田さんはこう答えました。
西田久美子さん
「抗がん剤で爪がボロボロになった時、ネイルを塗ってくれた人がいました。そのとき、誰かが自分のことを思ってくれるというのは、すごく支えになるんだと思いました。たとえほしい言葉じゃなくても、『わかるわかる』ってほんの少し共感してくれるだけでも力になるんです」
がん患者の間で起きている「受診控え」
こうしたがん患者の不安が募った結果、今、医療現場で起きている問題があります。それはがん患者の「受診控え」です。
さくらさんは20代の頃、前の夫を血液のがんで亡くしたこともあり、死を身近なものとして感じていました。「感染=死」というイメージを描いてしまうといいます。
通院を延期したのは、抗がん剤治療を受けたことと、経過観察中の肺腺がんの状態を考えての決断でした。
3月には、同居していた父親に前立腺がんが見つかり、さくらさんは、自分が感染すれば、手術を控えた父親まで危険にさらすことになり、絶対に感染してはいけないという緊張感の中で生活しています。ただ、通院しないことで、がんの転移や病気の進行があった場合、発見が遅れるかもしれないという恐怖とも闘っていました。
こうした不安を抱いているがん患者はさくらさんだけではありません。乳がんや卵巣がんなど女性のがん患者の交流サイトを運営する団体「ピアリング」が、ことし4月に行ったアンケート調査では、1100人あまりが回答し、4人に1人が「新型コロナウイルスの感染拡大で治療や検査などに影響が出ている」と答えました。
さらにその中で「感染への不安から、みずから通院予定を延期した」と答えた人は、最も多い57人にのぼりました。
国立がん研究センター中央病院では、症状が落ち着いている再診の患者に対し、医師が電話で症状を聞き取って薬の処方を行う電話診療を4月から始めています。
感染症部長の岩田敏医師は、「受診控えはがん治療の遅れにつながる恐れがあります。患者の方々は1人で心配を抱えないでまずは相談してください。がんの種類やステージによって、受診を延期できるものもあれば、早く治療を開始した方がよいものもあります。医師としても相談してもらえないとわからないこともあるので、気軽に相談してほしいです」と呼びかけています。
私たちができること
新型コロナウイルスの影響が続く中、誰もが不安の中にいて、他人を思いやる余裕がない状態にあるかもしれません。ただ、今回取材した2人のように、さらに深刻な状態で、恐怖や孤独に苦しんでいる人も、周囲にはいるかもしれません。がんは一生のうちに2人に1人がかかるといわれるほど身近な病気です。少しだけ想像力を働かせ、恐怖や孤独を抱えている人たちの気持ちに寄り添うことができればと思いました。
社会部 記者
馬渕安代
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